反響の大きい”逆説の10か条”

   

おはようございます!コーチの皆川です。

 

1月29日(日)に強み発見ワークショップをやります!

 

ご興味ある方はぜひ
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今回は、反響の大きい”逆説の10か条”についてです。

 

これはフェイスブックで僕が拡散して、とてもたくさんの

 

コメントをいただいた僕が大切にしている言葉です。

 

コメントを下さった方、ありがとうございます!

 

逆説の10か条はケント・M・キースというアメリカで

 

官僚をされている方が、19歳の時に書いた言葉です。

 

1.人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
それでもなお、人を愛しなさい。

2.何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

3.成功すれば、うその友達と本物の敵を得ることになる。
それでもなお、成功しなさい。

4.今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。

5.正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。

6.最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって打ち落とされるかもしれない。
それでもなお、大きな考えをもちなさい。

7.人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。
それでもなお、弱者のために戦いなさい。

8.何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
それでもなお、築きあげなさい。

9.人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
それでもなお、人を助けなさい。

10.世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
それでもなお、世界のために最善をつくしなさい。

 

マザーテレサが拡散して、一気にこの言葉が広まった

 

ようです。

 

日本では、麻生太郎氏なんかが影響を受けています。

 

 

僕がこの言葉に出会った時に、

 

自分の中でとてつもなく大きな

 

パラダイムシフトが起きたことを覚えています。

 

 

今日はそんな僕の物語をお話しします。

 

長めなので、ご興味のない方は読み飛ばしていただいて

 

構いません。

 

 

高校を卒業して、地元新潟から上京した時は、

 

プロミュージシャンとして活動するために出てきました。

 

7年活動しましたが、全く芽が出ず終わりました。

 

 

プロミュージシャンとして上京してきてしばらくは、

 

反骨心旺盛というか、割と反社会的な考え方を

 

持っていました。

 

今ではだいぶ反省していますが(汗

 

それこそ、中指を立てる毎日!

 

言い方が悪いですが、世間をナメていました。

 

口癖は、「こんなやつにはなりたくない!」

 

 

いつもなりたい人を目指すのではなく、

 

なりたくない人を探しては反面教師にしていました。

 

 

両親にも、「もう音楽で成功するまで帰ってこない!」

 

と言って、出てきたということもあって、

 

いつも孤独を感じていたし、

 

いつも気持ちが荒んでいました。

 

 

ある時、滅多に僕に連絡をくれない父親から

 

3件ぐらい不在着信が入っていたんです。

 

 

あまり父親から電話が来るということがなかったので、

 

さすがに気になって折り返し電話してみると、

 

父方の祖母が亡くなったという話でした。

 

 

「ばーちゃんに顔見せに来てほしい」

 

という電話でした。

 

自分のプライドだけで地元から出て来て、

 

成功するまで帰って来ない!なんて言ったもんだから、

 

とても迷いました。

 

 

結局、葬式には行かず、

 

翌日の朝一の新幹線で新潟に帰って、

 

火葬場まで行くことにしました。

 

 

父方の実家は、新潟の三川村というド田舎で、

 

新潟市内からでも高速道路で1時間ぐらいかかる

 

場所なんです。

 

 

火葬は正午ジャストで、姉が火葬場近くまで

 

車で迎えに来てくれました。

 

 

急いで車に乗ったのですが、僕が着いた時に、

 

「ガシャン!」と、火葬される釜のとびらが

 

閉まりました。

 

結局、僕は祖母の死に目に会うことができませんでした。

 

その時に、大きな罪悪感というか、

 

「俺、何やってるんだろう?」って思ったんです。

 

 

音楽で人に影響を与えたいとか思っていたのに、

 

やっていることが真逆な気がしてなりませんでした。

 

そんな時、両親は僕に何と声をかけたかというと、、

 

 

「惜しかったね」

 

「でも来てくれたから、

 

きっとばーちゃんも浮かばれてるよ」

 

 

って言ったんです。

 

僕はてっきり両親に責められるのかと思っていました。

 

この時に、”愛情”というものを初めて体感で感じることが

 

できたんです。

 

 

それから東京に戻って来て、

 

この話を仲の良い友達に話した時に、

 

たまたま教えてもらったのが、

 

”逆説の10か条”でした。

 

「その愛情って、こういうことでしょ?」

 

と言ってくれて、腑に落ちたんです。

 

 

それ以来、この言葉を自分の大切な言葉にして、

 

この通りの人間として磨きをかけよう!と決めたのでした。

 

これが、僕の”逆説の10か条”の物語です。

 

 

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